シモン ディ ブラッツァン メルロ 19
シモン ディ ブラッツァン メルロ 19
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SIMON DI BRAZZAN MERLOT 2019
『輸入元資料より』
シモン・ディ・ブラッツァンのカンティーナはスロヴェニアとの国境の目と鼻の先のブラッツァーノ・ディ・コルモンスの村にあって、リヴィオ・フェッルーガやボルゴ・デル・ティーリオとはご近所どうしのロケーション。標高 80 メートルから 90 メートルのイソンツォ( 11 ヘクタール)とコッリオ( 2 ヘクタール)のブドウ畑から、年産平均で 8 万本のワインを生産しています。
1956 年、ダニエーレの祖父母にあたるエンリコとリナの 2 人が立ち上げたシモン・ディ・ブラッツァンは 3 ヘクタール程度のブドウ畑の他、乳牛を飼ってミルクやチーズを販売したり、豚からサラミやベーコンをつくるなどの酪農や畜産業も営んでいました。しかし、 80 年代になり、この地方でのワインの需要が高まったことを契機にブドウ畑を少しずつ買い足し、ワインづくりへと家業を集中させることになります。
ダニエーレが正式にシモン・ディ・ブラッツァンに加わったのは農学を修めた 20 歳、 1994 年のことです。「幼いころからこの場所で育ってきた私にとって、祖父母を継ぐことは特別なことではありません。」
それ以降、エンリコさんの時代の「気前のいいほど」多産なブドウ管理から、ダニエーレは品質重視へのブドウ栽培へと切り替えを進めていきました。ブドウの仕立てをグイヨやシングル・コルドンに変更、摘果、摘葉を開始しました。
そして 2001 年。それまで収穫したブドウをワインに醸造して、その全てを近隣の大手ワインメーカーに販売していましたが、シモン・ディ・ブラッツァンのブランドのもと自社元詰をスタートさせることになります(初 VT は 1999 年産)。また同じ年、農薬に対するアレルギーがあると医師に診断されたダニエーレは自らの健康のため、そして同じような症状を周囲に及ぼさないことを目的に一切の農薬を禁止し、ベト病とウドンコ病にはボルドー液と硫黄のみを必要な時のみ散布するのみとしました。
ビオロジコの認証を 2006 年に取得しています。
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